やんちゃ坊主シノンとおしゃまカノンの気儘な毎日。 2歳で告知を受けた慢性腎不全のこと…そして日常のこぼれ話
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 交通事故で逝った子を拾う
2010年12月20日 (月) | 編集 |

今日の話は、ちょっと重たくてめちゃめちゃ長文です
ご機嫌に語れないので、ご気分でスルーしてください
(写真もありません)



車社会の群馬に越して6年、運転しない日なんて
一日も無い、というくらいの車必需生活をしている

そんな中で、交通事故に遭って倒れているネコに
遇う事は珍しくない


初めての時は、車を停めて駆け寄ったら、まだ体が
温かかったから、近くの店で段ボール箱をもらって
近所の動物病院を訊いて、連れて行った

でも、即死だった
体はきれいだったけど、頭蓋をタイヤに轢かれていた

人間の為に連れて来られて人間社会で生きている動物が
人間の造った機械に潰されて命を落とす
やりきれない

そして私はその遺体を見過ごして通り過ぎる事が出来ない
ネコの事なら尚更だ




赤城山の中腹にある動物霊園へ連れて行くと
飼い猫なら合同葬で8千円のところだけど
私自身の飼い猫ではない事から、おまけして
3千円で、お線香を上げて荼毘に付してくれる

連れて行った数は、今はもう憶えていられなくなった
最初は名前を付けてお預けしていたが、名前もやめた

「優しいですね」とねぎらわれるけれど、
私は、気が弱くて無力なだけなのだ
本当に優しかったら、もっと出来る事があるはずだ

死んでしまってから抱き上げて、何の意味があろう
その命を奪ったのも、私たち人間だと言うのに


本当は、生きている間に、保護して抱いて愛して
幸せな思いをさせてあげたい
でも、私にはそれが出来ない
数限りないノラちゃんたちの命に責任を持つほどの
キャパシティは、残念ながら私には無い
お金も場所も自由で安全な環境も用意してやれない


この寒空の下、どんどん冷え込む街の片隅で、
暖をとる事も叶わず、食べ物もなく、冷たい風の中で
赤ちゃんを産まなければならない母親ネコがいるのに

私は何もしてやれない

それをわかっていながら、暖かい部屋の中で
お茶を飲んでいる自分に罪悪感が募る

交通事故に遭った子を荼毘に付すのは、私の
せめてもの気休めだ

だから車に段ボール箱とバスタオルを積んで
運転中に見つけたら、引き返して拾う
好きでやっている訳ではない
でもやりたくてやっているには違いない




今日、拾った子は、箱に入れて積んでいたら
ご年配の夫婦に声を掛けられた
「そのネコ、見せていただけませんか
 うちのコかも知れないんです」
箱をあけてタオルをめくるとあちこち見て
「ミィちゃんだ…お父さん、ミィちゃんだよ」
と泣き崩れた

朝、ミルクをお腹いっぱい飲んで出掛けたと言う
ああ、よかったね
キミには、愛してくれる家族があったんだね
可愛がってもらって、お腹いっぱい食べて、
幸せな気持ちで過ごした時間があったんだね
そしてキミの死に、涙してくれる家族があって

事故で命が終わってしまった事は、とても痛く
辛く、心残りだったろう
だけどキミには、泣いてくれる家族があるんだね


自分の手元に請けた「死」の向こう側に
愛情や涙が見えた事で、今日
ちょっと救われた気がした

私のしている事に意味があるかどうかはわからない
でも、こうして命を落とした子たちが全部
僅かな愛情も幸せも感じないまま逝った訳では
ないのかもしれないと
誰かに愛されて幸せな人生を送ったかも知れない
そんなことを信じられたなら

気休めにしか行動できない自分への責めを
少し緩めてやれるような気がする





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